ここから本文エリア 復興応援曲、私の手で 支援の広大院助教が作曲中2011年5月23日
東日本大震災で緊急被曝(ひばく)対策の医療チームの医師として福島県に入った経験をもとに、広島大大学院医歯薬学総合研究科の助教を務める貞森拓磨さん(39)=広島市南区=が作曲に取り組んでいる。来月、広島市内で開かれる復興支援チャリティーコンサートで披露する予定だ。 広島大学病院高度救命救急センター(広島市南区)の集中治療部に所属し、医師として一命を取り留めるために一刻を争う患者の治療にあたっている。 大学病院の医療チームの一員として被災後間もない3月19〜23日に、福島県に入り、現地での医療支援にあたった。現地入りした19日の夕方、避難所を訪れると、白い防護服姿の県職員が、被災者に放射線の検査をしていた。衣服に、放射性物質が付着してないかどうかを調べ、付着していなければその場で、証明書を発行していた。その一枚の紙がないと、自由に施設に入ることすらできない。 「救急医療を専門にしており、放射線については素人と言っていいかもしれない。えたいのしれない恐怖を感じた」「何よりも、その恐怖と戦いながら、避難所生活で疲れ果てた被災者を目の当たりにして医師として支援にあたりたいと思った」と振り返る。 原発事故対応のために県庁に設けられた「オフサイトセンター」では、避難所を巡回する医師は、患者の診断結果を紙のカルテに記していた。だが、被災地の病院は大混乱し、そのカルテそのものの整理ができていない。携帯電話会社と連携して、画面に触れて操作する板状の「タブレット型情報端末」にカルテを入れるためのソフトを開発するため、医師の立場から助言。毎日午前4時ごろまで話し合いを重ね、午前7時には起きる生活を送った。 福島を離れ、JR広島駅に降り立った時、「確かに被災地とは遠く離れているが、あまりの違いに悲しくなってしまった」と言う。中学生のころから、趣味でシンセサイザーをし作曲も手がけ、5年前から医師仲間3人でバンド「MULTIPLE DIMENSION」をつくり、音楽活動を続けている。 「目に見えない放射能の恐怖と戦っている被災者や被災地のため、広島から何かできることはないか少しでも考えるきっかけになれば」。こんな思いを込め、5月中旬から作曲に取りかかった。 チャリティーコンサートは6月19日に広島市中区幟町の世界平和記念聖堂で開かれる。(倉富竜太)
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