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名物焼きそばを守る食堂「急行」 JR木古内駅

2011年5月15日

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55年目になる「急行」。客が途切れた夕方、静かになった店内で一息つく垣内キミさん=木古内町、いずれも杉本康弘撮影

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北海道新幹線開通による駅前整備で、店はこの場所での営業ができなくなる

 「駅前飯店急行」。北海道南部のJR木古内駅前に、こんな名前の食堂がある。

 カウンターと古びたテーブルが五つ。石油ストーブから延びた銀色の煙突が壁を伝い、小上がりには「急行ですがドンコウで営業して居ります」と書かれた紙が張ってある。

 1957(昭和32)年の開店以来、垣内キミさん(82)が切り盛りする。

 かつて松前線と江差線の分岐点だった木古内駅。国鉄の町として栄えた。駅の周りには宿舎がいくつもあって、店は国鉄マンたちで夜遅くまでにぎわった。普通列車しか走っていなかった当時、「急行でも来ればいいね」と願いを込めて店名を付けた。

 だが、松前線が88年に廃止された。駅前は徐々に寂れていった。

 苦労続きだった。病弱の夫は開店3年後に死去した。再婚した夫にも91年に先立たれた。

 二番目の夫とともに作り出したのが、名物の「名代焼きそば」だ。

 大型換気扇が、ぶぉーと鳴り続ける厨房(ちゅうぼう)で、中華鍋に油を引く。もやし、白菜、タマネギ、シイタケなどを炒め、酒としょうゆで味付けする。

 麺がすぐにゆでられるように、ずん胴にはいつも大量の湯が沸き立つ。乗り継ぎ時間に持ち帰りで買いに来る客がいるからだ。「いっぺんに五つ焼くときはちょっとゆるくない(簡単ではない)。でも2回に分けると汽車に遅れちゃうし」

 値段は700円。最近は、B級グルメブームも手伝って雑誌で紹介され、札幌や本州からも客が来る。

 毎日のように食べに訪れる若者もいる。JR北海道青函トンネル工務所の施設技術係の三上和哉さん(29)。函館に勤務していた9年前、上司に初めて連れて来られて「うめえなー」と思った。

 一昨年、木古内に転勤になった。週に3〜4回はここで食事する。「なんぼ急行に貢いでるんだって言われる。でも、いくら食べてもあきない味」

 北海道新幹線の開業が2015年度に迫る。北海道側の最初の駅になる木古内は、駅舎に「北の大地の始発駅」をうたう。

 駅前が整備されると、店は今の場所での営業はできなくなる。

 「このまま新しい場所に引っ張っていったら、と言う人もいるけれど、何せ古いから……。カウンター一つだけでも残して続けられればと思う」

 娘夫婦が東京から戻って店を継ぐと言ってくれている。お客さんがいる限りは続けるつもりだ。(芳垣文子)

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