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やっぱり野球が好き[5]

2009年07月08日

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守備練習をする石川将太君(左)、根岸正昴君(右)、後ろが左翼手の水野裕和君。3人とも高校から野球を始めた

 今大会、出場67校中、最少人数の12人で夏に向かう玉村高。3年生の3人をはじめ玉村で野球を始めた部員もいる。飛球も捕れず、バットに球が当たらなかった。「彼らなりに上達」(内田昇監督)し、夏は1勝を目指す。

 6月3日の玉村高グラウンド。部員たちが地面に寝かせた古タイヤを押していた。内田監督によると、腰に巻いたロープでタイヤを引っ張る練習が瞬発力を鍛えるのに対し、押すと筋肉自体が強くなるという。「基本的な身体能力や筋力が足りない部員が多いので、まずはそこから」と内田監督。

 中学では補欠だったり、野球をやっていなかったりという部員が多いので、瞬発力の前に筋肉をそもそも鍛える必要がある。だからタイヤを引っ張る練習には至らない。

 3年生は6人。高校から野球を始めたうちの1人、石川将太君は、家計が苦しくて少年野球ができなかった。

 中3になる春の06年選抜大会に、親類の石川翼さんが高崎商のエースとして出場。あこがれ、バイトをしても野球をやろうと決めた。進学した玉村の野球部は初心者にも温かく、これならやっていけると安心した。

 しかし、頭を越すフライが難しい。飛球に背を向けて落ちそうな位置まで走る感覚がつかめない。当時の安田智則監督に何時間もノックをしてもらった。「野球がどうしてもやりたい」と我を通した弟が所属する少年野球チームに交ざって、練習した。

 球に食らいつく姿勢を買われ「お前にはガッツがある」と、昨春の大会後、三塁にコンバートされた。直後は1試合で七つの失策を重ねたこともあった。「自分のところは自分で守らないと」と気を引き締める。

 石川君に誘われて入部した根岸正昂(まさ・たか)君は、体育の時間以外にグラブをはめたこともなかった。1年秋から試合に出たが、三振ばかりでゴロすら打てない。初安打までに1年かかった。「無我夢中で振ったら当たった。やればいつか結果が出ると思った」

 内田監督に代わって練習がきつくなり、根岸君は辞めたいと相談に行った。「頑張ってるんだから続けろ」。それまで、みんなと一緒に耐えてきたのを思い出した。「ここまで来たら最後までやろう。やるからにはどこでもいいから1勝しよう」と主将の下川達也君ら同級生もワイワイとつなぎとめてくれた。

 内田監督は、自分の役割を「壁」と表す。「今まで、できないこと、嫌なことから逃げてきた子たちが多い。嫌われてもいいから逃げ出させない壁になりたい」。ノックで空振りすると生徒に謝り、できないプレーは自らグラブをはめて見本を見せるうち、部員同士で野球の話をするようになり、わからないルールを教え合うようになった。

 「初心者だった部員も含め、本当にレベルが上がった。このまま向上心を持ち続け、最後まで勝利を目指したい」=おわり(木下こゆるが担当しました)

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