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【第1部】

(4)黒田清隆

2005年01月05日

深酒に沈んだ栄光

風聞に黙って耐えた子孫

 札幌の大通公園。西10丁目に黒田清隆(きよたか)の銅像が立つ。だが、関心のない札幌市民がほとんどだろう。

 「もっと知ってほしいですね。本籍を北海道に移し、墓石に北海道の石を使ったぐらい、愛着をもっていました」

 ひ孫の黒田清揚さん(74)は言う。


ライトアップされ、浮かび上がる赤い星。開拓使の象徴は、いまも多くの建物に残る=札幌市東区のサッポロビール園で

 黒田清隆(了介)は、幕末、官軍となった薩摩藩の出身だ。明治新政府では、開拓使長官、伊藤博文に続く第2代内閣総理大臣、枢密院議長などを歴任した。

 司馬作品では、西郷隆盛と大久保利通が主人公の『翔(と)ぶが如く』、五稜郭の戦闘で幕を閉じる『燃えよ剣』、賊軍となった越後・長岡藩の苦闘を描く『峠』。さらに、北海道開拓がテーマの『街道をゆく──北海道の諸道』にも登場する。

 「きよあき」と読む清揚さんには、実は官軍と賊軍の血が両方流れている。「揚」は、幕臣の榎本武揚(たけあき)に由来する。

 官軍に抵抗し、五稜郭政府を作った旧幕府海軍副総裁の武揚は、清隆の説得で降伏、清隆は助命に奔走した。その後、清隆の娘が武揚の長男と結婚。2人の間に生まれた娘が、清揚さんの母親だ。


黒田清隆の墓の前に立つ黒田家当主の清揚さん=東京都港区の青山霊園で

 「榎本家とは仲がいいですよ。今でも『兄貴』と呼んでくれます」

 話を聞いたのは、東京都千代田区の霞が関ビル34階にある社団法人「霞会館」。元華族の直系の人しか会員にはなれない。元伯爵家の清揚氏は中堅格だ。

 「伊藤博文の子孫は『長州の飲み会に行きましょう』と言うし、武揚の流れだと、幕府や新選組の関係の人もいる。薩摩、長州、幕府、仲良くやってます」

 ただ、会津藩につながる人たちは、長州藩の人たちとはいまだに飲みに行かないそうだ。

 元新聞記者で、現在は環境整備の会社を経営している。本店が札幌で、東京が支店だ。

*          *          *

 さて、『翔ぶが如く』で、司馬さんは、黒田清隆を《北海道の近代化の基礎をほぼ築くにいたるあたりだけをみると、かれは第一級の政治家というほかない》と評している。

 米国の農務局長だったケプロン、札幌農学校で教鞭(きょうべん)をとったクラークらを招き、アメリカ式農法を中心に開拓事業を進めた。津田塾大学の創設者である津田梅子らをアメリカに留学させた。開明的で実務的な政治家と評価する一方で、こんな逸話にも触れる。

 《一定量の酒精が入ると人格が一変するという点では、かれに見るほどの典型症状はすくないにちがいない(中略)上司である三条実美や同僚の伊藤博文、井上馨ですら(中略)乱酔中のかれから罵倒(ばとう)されたり、ピストルでおどされたりした》

 当時、評判を決定的に落とした事件が二つある。

 ひとつは「開拓使官有物払い下げ事件」。清隆の政治力で、旧薩摩藩系の官吏や商人に有利な条件で土地や工場などを払い下げようとした、と批判された。もう一つは、もっと衝撃的だ。西南戦争の翌年、1878(明治11)年3月に起きた。

 《泥酔してもどった黒田が、ささいなことから妻を斬(き)り、死にいたらしめたらしいのである》

 大久保利通はかばおうとした。警視庁の創設者、大警視川路利良が大久保の意を受け、墓を掘り、「他殺の形跡はない」と決めつけたとも書いている。

 だが、ひ孫は静かに反論する。

 「きちんとお調べになって書いているとは思います。しかし、薩摩の武士がいくら酔っても、女房をたたき斬るなどということはあり得ない。敵対する勢力の策謀ですよ。酒は嫌いじゃないし、飲まずにいられない状況もあった。しかし断じてあるまじきことです。家族思いの男だったんですよ」

 酒席で、「おおこわ。黒ちゃんの隣に行くとたたき斬られちゃう」と揶揄(やゆ)されたこともあったという。風聞にすぎないと思っていても、子孫にはつらいことだったようだ。

 ちなみに、清揚さんは、ビールはサッポロしか飲まない。「サッポロビールができたのは、黒田の力によるところが大きいと思っていますから」

 さらに残念ながら、清隆の評判は、故郷の薩摩でも芳しくない。西南戦争で「西郷さん」と戦った1人だからだ。

 「明治天皇の命を受けて居るんですから仕方ない。(薩摩藩の)島津の殿様の跡取りも、『気にすることないよ』となぐさめてくれますがね」

*          *          *

 清揚さんがいささかげんなりとしたところで、黒田さんの会社につとめる高橋範彦さんが現れた。

 函館生まれ。母方の祖先には、新選組とともに幕末の京都を震え上がらせた見廻(みまわり)組組頭、佐々木唯(ただ)三郎(只三郎)がいるという。

 竜馬暗殺の実行部隊のリーダーとされる人物の子孫まで登場してしまった。霞が関ビルがタイムカプセルのように思えた。


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